「その男」は札幌のワンルームマンションを仕事場にしていた。
ビデオ、オーディオ機材の山に埋もれており、わたしと友人は廊下になら
んだ折りたたみ椅子に腰掛けた。
先客がいかにもギョーカイ人のノリで仕事の話をしている。どうやらテレ
ビコマーシャルのCGをつくっているらしい。ディスプレイには飛行船が
編隊を組んで
パチンコチェーンの名前が派手に浮かびあがった。
部屋を見回すと、フェンダージャズベースが見える。フレットレス仕様だ。
どうやらドラムセットもあるようだが、ここからは一部しか見えない。
窓はあるのかないのかわからない。きっと防音のためにふさいでしまった
のだろう。いま考えるとおそらくそうだ。
学生時代のバンド仲間である友人と、知床半島の魚屋であるわたしとがふ
たりでなぜこんなところにいるのかというと。
ジョン・レノンの話が発端だった。
「ジョンの失われた休日」というエピソードがある。ジョンは妻のオノ・
ヨーコと一時別居にいたり、その期間すさんだ生活を繰り返していた。
その時代にジョンの飲んだくれにつきあっていた日本人ミュージシャンが
いるというのだ。しかも札幌に。
それが目の前の「彼」。まだ50歳前だと思う。
先客はどうもどうも、といいながらわれわれにぺこりとおじぎをして去っ
た。
わたしの友人が、「....さん、ジョンの話を聞きたいっていうんだけど」
と水を向けた。
かれはああ、あの話ね~、といいながらもう何百回も話したような調子で
語りだした。
イーグルスの「呪われた夜」のリードソロを考えたのは自分だ、と彼は言
った。
「ジョー・ウォルシュって下手くそでさ」
教えるのに苦労したよ。じっさい、アメリカ人がああいう風にかっちり考
え抜いたフレーズを弾くなんておかしいと思っただろ。
ジョンとは「心の壁・愛の橋」に参加しただけだけど。あそこのクレジッ
トに......とあるのがそうさ。
いちばんたくさん仕事をしたのはビリー・ジョエルとだ。
ストレンジャーでエレキギターのアンサンブルが印象的でしょ。考えたの
がボク。あれで売れたんだ。ゴールドディスク何枚ももらったんで、おす
そわけがそのへんに転がってるはず。グラミー賞をとったとき彼は....
「なぜ、日本にもどってきたのですか?」
そうたずねたのはわたしだった。
しかしその答えはいまは忘れてしまっている。おそらくそのときはすんな
りと納得したのだろうと思う。
表へ出たとき、札幌の冬空は冷えていた。
「まるでキツネにつままれたような話だな」 あまりにも荒唐無稽だ。ほ
んとはちがうんだろ。笑いながら車に乗り込むと、友人はいつになくまじ
めな表情でこう言った。
「いや、あれはほんとうだよ」
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